History People 関連人物

槇 文彦   建築家

ちょうど25年前、渋谷の猿楽町の旧山手通りに面した広大な敷地の所有者、朝倉不動産から敷地の一部の開発について相談したいという依頼があった。建築家が設計を依頼されるには、必ず何かのきっかけがある。

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峰岸 壮一   音楽家

新しくできるヒルサイドプラザでサロンコンサートをやりたいのだがと朝倉兄弟から相談をうけたのがもう5年前のことかと、今この原稿を書きながら改めて驚いている。この代官山ヒルサイドテラスにふさわしいコンサート、室内楽を落ちついてゆっくりホームコンサート形式で聴きたいという主旨で、さらに採算はある程度度外視してもよいという願ってもないものであった。

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北川 フラム   アートディレクター

ヒルサイドテラスに移ってきて8年になる。十年ひと昔というが、早いものだ。私はといえば、20年も前、第1期の竣工時に、青田美容室に通う姉に連れられて、「これが槇さんの建物、あれがペデストリアンデッキ」と説明され、レンガ屋のミルフェイユを食べさせてもらったことを鮮明に覚えている。

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元倉 眞琴   建築家

たしか大学4年の時、友人に誘われて宮益坂から八幡通りをトコトコ歩いて、出来上がったばかりのヒルサイドテラス(1期、A棟、B棟)を見に来たことがある。幼稚園から大学まで台東区で済ませてしまった私には、代官山は全く縁のない異郷の地であった。何かボケーッとした風景に「東京の近郊」を感じとっていた。

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岩橋 謹次   マーケティング・プロデューサー

私と朝倉(健吾)さんとの最初の出会いは今から44年前、幼稚舎の入学式の日である。その日のことは忘れてしまったが、学校からの帰り道に朝倉家があったことから、同じ方向に帰る同級生と共に寄り道をして、公園のように広い庭で遊ばせてもらったことだけはよく憶えている。以来の親友であるが、まさか再び深い関わりを持つようになろうとは思ってもいなかったことである。

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粟津 潔   グラフィックデザイナー

ヒルサイドテラスの仕事は、当初の計画時から槇さんのお手伝いということで、いろいろやってきた。サイン計画が主であったが、床面タイルや美容室のガラス面、ウオール。のちになって、フェスティバル用のバンナーやらのぼりというのか、ハタハタした風になびくものまで、いってみれば、建物の小道具といったものまであった。

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