目利きが語る“私の10冊”
第21回原広司(建築家)
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出演 | 原広司(建築家) |
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会場 | ヒルサイドライブラリー(ヒルサイドテラスF棟) |
日時 | 2012年11月12日(月)19:00-20:30 |
定員 | 50名(要予約) |
会費 | 一般2,000円 クラブヒルサイド会員/学生1,000円 |
主催・問合せ | クラブヒルサイド事務局 TEL: 03-5489-1267 (11:00-21:00 月曜休) FAX: 03-5489-1269 E-MAIL : info@clubhillside.jp |
出演
原広司(はら・ひろし)
1936年神奈川県生まれ。1964年東京大学大学院博士課程修了、工学博士。1969年東京大学生産技術研究所助教授。1982年同教授。1997年同名誉教授。1970年よりアトリエ・ファイ建築研究所と設計協同。1999年より原広司+アトリエ・ファイ建築研究所所属。2001年ウルグアイ国立大学Profesor Ad Honorem。主な作品:田崎美術館(1986)、ヤマトインターナショナル(1986)、那覇市立城西小学校(1987)、内子町立大瀬中学校(1992)、梅田スカイビル(1993)、JR京都駅ビル(1997)、宮城県図書館(1998)、広島市立基町高校(2000)、東京大学生産技術研究所(2001)、札幌ドーム(2001)、越後妻有交流館キナーレ(2003)、しもきた克雪ドーム(2005)、福島県立会津学鳳中学校・高校(2007)、みなと交流センター(2015)など。主な著書:『建築に何が可能か』(学芸書林、1967)『住居集合論1~5』(鹿島出版会、1973~79)『空間〈機能から様相へ〉』(岩波書店、1987)『集落への旅』(岩波新書、1987)『集落の教え100』(彰国社、1998)『DISCRETE CITY』(TOTO出版、2004)『YET』(TOTO出版、2009)『WALLPAPERS』(現代企画室、2014)など。
関連シリーズ
目利きが語る“私の10冊”
2008年4月にヒルサイドライブラリーが創設されて4度目の春。その最大の魅力は、各界の「目利き」100人にお選びいただいたヒルサイドライブラリー・コレクションです。 本セミナーでは、毎回「目利き」にご登場いただき、ご自身が選ばれた10冊について語っていただきます。 本は人を通して伝わり、本を介して新たな人と人との交流が生まれます。
※今後の開催予定は決定次第WEBにてお知らせいたします。
- 第1回 池内紀(ドイツ文学者/エッセイスト)終了しました
- 第2回 佐藤忠男(映画評論家)終了しました
- 第3回 青木保(文化人類学者/文化庁長官)終了しました
- 第4回 加藤典洋(文芸評論家)終了しました
- 第5回 中村桂子(生命誌研究者/JT生命誌研究館館長)終了しました
- 第6回 槇文彦(建築家)終了しました
- 第7回 加藤種男(アサヒビール芸術文化財団事務局長)終了しました
- 第8回 野田正彰(精神病理学者)終了しました
- 第9回 福原義春(資生堂名誉会長)終了しました
- 第10回 山本寛斎(デザイナー/プロデューサー)終了しました
- 第11回 菊地成孔(音楽家/文筆家/音楽講師)スペシャル「本と音楽」(1) 菊地成孔が語る「10の本と10の音楽」終了しました
- 第12回 山下洋輔(ジャズピアニスト/作曲家)スペシャル「本と音楽」(2) 山下洋輔が語り、奏でる「本と音楽」終了しました
- 第13回 竹下景子(女優)終了しました
- 第14回 日比野克彦(アーティスト)終了しました
- 第15回 池内了(宇宙物理学者)終了しました
- 第16回 伊東豊雄(建築家)終了しました
- 第17回 東浩紀(作家/批評家)終了しました
- 第18回 平良敬一(建築ジャーナリスト)終了しました
- 第19回 大宮エリー(映画監督・脚本家・作家・演出家・CMプランナー)終了しました
- 第20回 津島佑子(作家)終了しました
- 第21回 原広司(建築家)終了しました
- 第22回 平田オリザ(劇作家/演出家)終了しました
- 第23回 池上高志(複雑系科学/東大教授)終了しました
- 第24回 朝吹真理子(作家)終了しました
- 第25回 隈研吾(建築家)終了しました
- 第26回 三浦雅士(評論家)終了しました
- 第27回 畠山重篤(牡蠣養殖家/NPO法人森は海の恋人理事長)終了しました
- 第28回 小林エリカ(作家・マンガ家)終了しました
- 第29回 森まゆみ(作家・編集者)終了しました
- 第30回 湯山玲子(著述家、ディレクター)終了しました
- 第31回 大竹昭子(作家)終了しました
- 第32回 高橋悠治(作曲家、ピアニスト)終了しました
イベントレポート
建築家・原広司さんのお話は、「本は私にとって大切なもの。今日は私が選んだ10冊の本についてお話ししますが、じつは1冊の大きな本のことを話しているように思います」という言葉からはじまった。
原さんの空間の探求において転機となったのは、1970年に始めた世界の集落調査だった。アルジェリアの町ガルダイアにはじまり、もっとも最近に調査したイエメンまで、世界各地の集落の空間を探り、その構造を記述するためにさまざまな本に触れたという。
世界を把握し記述するための方法は、紀元の前後に著された2冊の本に示されている。ひとつは、アリストテレス『形而上学』の弁証法であり、ある存在とその存在の否定を対置することから存在の本来あるべき姿を導く。もうひとつは龍樹『中論』の非ず非ずであり、否定、否定の否定、否定の否定の否定と併置していく。弁証法が直線的な、科学的に事実を探求する方法であるとすれば、非ず非ずは水平的で、世界を無限にひらいていく方法といえ、世界はこのふたつの方法の組み合わせで成り立っている。
そして、現在の世界に決定的な影響力をもっているのが、20世紀の初頭にミース・ファン・デル・ローエが描いたガラスのスカイクレイバーである。世界を波ととらえる考え方と粒子ととらえる考え方のギリシャにはじまる対立が統合された、「近代」の到達点で生まれた均質的、抽象的な空間概念であり、今なお世界の空間を圧倒的な力で支配している。
原さんが選んだ10冊とは、この重要な2冊とミースの1枚の絵、それと世界の集落を記述し、均質空間を乗り越える空間を構想するための概念を示す文学作品であった。
『アラビアンナイト』の漁師と悪魔の寓話にみられる「全てのものに全てがある」という思想は、やはりイスラーム思想の流れを汲んでライプニッツが説いた「モナドに全てが含まれる=予定調和」とつながる。この考え方に原さんの故郷飯田の風景が重なり、谷間に都市を埋蔵する「粟津邸」「原邸」などの反射性住居が生まれた。
断片化された世界のすべてを433行の詩に凝縮したエリオット『荒地』に数回現れるフレーズ unreal city (本気になれない都会)に着想を得た「京都駅ビル」。空中都市ラピュタに表された「空中庭園幻想」を具現化しようとした「梅田スカイビル」。ロートレアモン『マルドロールの歌』の有名な一節「手術台の上のミシンとこうもり傘」から出発したシュルレアリスムを経由してレヴィ=ストロースが導入したブリコラージュの手法は、ロートレアモンの故地、南米モンテビデオで構想した低所得者向け実験住宅のプロジェクト(discrete city=離散型都市)に結びつく。
モンテビデオの対岸ブエノスアイレスに生きた文豪ボルヘスの小説『エル・アレフ』は、宇宙空間の総体を内にもつ小さな球体「アレフ」を主題とする。「アレフ」はユダヤの神秘学カバラの概念で、無限を意味する。原さんによれば、無限には自然数の無限、実数の無限に加えて、関係の無限がある。この関係の無限を見事に描いたのが大江健三郎が連綿と書きつづける「四国の谷間」の文学であり、それらの物語の舞台となる土地で原さんが手がけた「内子町立大瀬中学校」は、関係の無限を生みだす谷間の特異点を建築に落としこむことで設計された。
古今東西の名著を引き、自身の代表作を例として紡がれる原さんの思考は、時空を軽妙に飛びこえ、多様で複雑な空間の概念を織りなしていく。まさに世界のすべてを包みこむ1冊の本を編む現場に立ち会うような、濃密な時が流れる1時間半のレクチャーだった。