目利きが語る“私の10冊”
- SERIES
2008年4月にヒルサイドライブラリーが創設されて4度目の春。その最大の魅力は、各界の「目利き」100人にお選びいただいたヒルサイドライブラリー・コレクションです。 本セミナーでは、毎回「目利き」にご登場いただき、ご自身が選ばれた10冊について語っていただきます。 本は人を通して伝わり、本を介して新たな人と人との交流が生まれます。
※今後の開催予定は決定次第WEBにてお知らせいたします。
時間 | 各回 19:00-20:30 |
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会場 | ヒルサイドライブラリー |
定員 | 50名 |
会費 | 一般2,000円 クラブヒルサイド会員1,000円 |
スケジュール
第1回 池内紀(ドイツ文学者/エッセイスト)終了しました
1940年兵庫県姫路市生まれ。ドイツ文学者・エッセイスト。主な著書に『ゲーテさんこんばんは』(桑原武夫賞、集英社文庫)、『海山のあいだ』(講談社エッセイ賞、中公文庫)、『二列目の人生』(晶文社)、『祭りの季節』『亡き人へのレクイエム』(以上、みすず書房)『恩地幸四郎』(読売文学賞、幻戯書房)など。訳書に『カフカ小説全集』(日本翻訳文化賞、白水社)、『ファウスト』(毎日出版文化賞、集英社文庫)、ジャン・アメリー『罪と罰の彼岸』(みすず書房)など。大好きな山や町歩き、自然にまつわる本も、『森の紳士録』(岩波新書)、『日本の森を歩く』(山と渓谷社)、『ニッポン周遊記』(青土社)など多数。
第2回 佐藤忠男(映画評論家)終了しました
1930年新潟県生まれ。映画評論家。新潟市立工業高等学校卒業(現在、新潟市立高志高等学校)。1956年刊行の初の著書『日本の映画』でキネマ旬報賞を受賞。国鉄、電電公社などの勤務を経て、『映画評論』『思想の科学』の編集に携わるかたわら、評論活動を行う。1962年映画評論家として独立、映画を中心に、演劇、文学、大衆文化、教育と幅広い分野にわたり執筆活動を展開する。また、日本映画大学の学長として、後進の育成にも尽力する。1996年に紫綬褒章を受章。その他、芸術選奨文部大臣賞、「韓国王冠文化勲章」(韓国)、「フランス芸術文化勲章シュバリエ章」(フランス)等を受賞。『映画の真実』(中公新書)、『映画で読み解く「世界の戦争」』(ベストセラーズ)、『日本映画史1-4』(岩波書店)、『長谷川伸論』(岩波現代文庫)、『知られざる映画を求めて』(現代書館)、『完本 小津安二郎の芸術』(朝日文庫)、『新世紀アジア映画』(キネマ旬報社)など著書多数。
第3回 青木保(文化人類学者/文化庁長官)終了しました
1938年東京都生まれ。文化人類学・文化政策専攻。東京大学大学院修了(文化人類学専攻)、大阪大学で博士号取得(人間科学)。1965年以来、東南アジアをはじめアジア各地で文化人類学的フィールドワークに従事。大阪大学教授、東京大学教授、政策研究大学院大学教授などを経て、現在、青山学院大学特任教授。ハーバード大学客員研究員、仏国立パリ社会科学高等研究院客員教授、独コンスタンス大学客員教授などをつとめた。『儀礼の象徴性』(岩波書店)でサントリー学芸賞(1985年)、『「日本文化論」の変容』(中央公論新社)で吉野作造賞(1999年)を受賞。2000年には紫綬褒章を受章する。2007年4月から2009年7月まで、18代目の文化庁長官をつとめた。著書に、『沈黙の文化を訪ねて』(中央公論新社)、『異文化理解』『多文化世界』(ともに岩波書店)などがある。
第4回 加藤典洋(文芸評論家)終了しました
1948年山形県生まれ。東京大学文学部フランス文学科を卒業。文芸評論家。国立国会図書館員、明治学院大学国際学部教授を経て、現在、早稲田大学名誉教授。現代文学、思想史、政治、歴史認識と幅広く発言する。『言語表現法講義』(岩波書店)で第10回新潮学芸賞、『敗戦後論』(講談社)で第9回伊藤整文学賞評論部門、『テクストから遠く離れて』(講談社)と『小説の未来』(朝日新聞社)で第7回桑原武夫学芸賞受賞。そのほかの著書に『アメリカの影』 (河出書房新社)、『日本風景論』(講談社)、『増補 日本の無思想』(平凡社ライブラリー)、『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社)、『戦後入門』(ちくま新書)、『敗者の想像力』(集英社新書)などがある。小林秀雄賞、太宰治賞の選考委員。
第5回 中村桂子(生命誌研究者/JT生命誌研究館館長)終了しました
1936年東京生まれ。生命誌研究者、JT生命誌研究館長。1959年東京大学理学部化学化卒業、1964年同大学院生物化学修了。国立予防衛生研究所、三菱化成、生命科学研究所、早稲田大学人間科学部教授などを経て、1993年に自ら提唱する「生命誌」の理念を実現する「JT生命誌研究館」を設立。生命の普遍性と多様性を綜合的に捉え、関係と時間の中で解明しようとしている。 1996年には大阪大学連携大学院教授に就任、2002年にはJT生命誌研究館館長に就任し現在に至る。第15回ダイヤモンドレディ賞(1998年)、毎日出版文化賞(1993年)、第12回日刊工業新聞技術・科学図書文化賞優秀賞(2000年)、オメガアワード2002など受賞多数。著書に『あなたのなかのDNA』(早川書房)、『科学技術時代の子供たち』(岩波書店)、『生きものの感覚で生きる』(講談社)、『自己創出する生命』(哲学書房)、『「子ども力」を信じて、伸ばす』(三笠書房)、『生きもの上陸大作戦―絶滅と進化の5億年』(PHPサイエンス・ワールド新書)、『「生きている」を考える』(NTT出版)など。1992年より毎日新聞「今週の本棚」にて書評を担当。現在、毎日書評賞の選考委員。
第6回 槇文彦(建築家)終了しました
1928年東京都生まれ。建築家。1952 年東京大学工学部建築学科卒業。クランブルック・アカデミー・オブ・アーツおよびハーヴァード大学大学院修士課程修了。ワシントン大学、ハーバード大学、東京大学で教鞭をとる。1965年槇総合計画事務所設立、代表をつとめる。計画着手から完成まで30年の歳月をかけて建てられた代官山集合住居計画(ヒルサイドテラス)は、類い稀なるまちづくりとして世界に名高い。このほか主な作品に名古屋大学豊田講堂、スパイラル、幕張メッセ、東京体育館など。レイノルズ賞、プリツカー賞、プリンスオブウェールズ都市デザイン賞、高松宮殿下記念世界文化賞、日本建築学会大賞、AIAゴールドメダルなど受賞多数。著作に『見えがくれする都市』『槇文彦』(全4巻)『ヒルサイドテラス/ウエストの世界』(以上、鹿島出版会)、『未完の形象』(求龍堂)、『記憶の形象』(上・下ちくま学芸文庫)、『漂うモダニズム』(左右社)、『建築から都市を、都市から建築を考える』(岩波書店)など多数。
第7回 加藤種男(アサヒビール芸術文化財団事務局長)終了しました
1948年兵庫県生まれ。1990年アサヒビールが企業文化部を創設に際し入社し、以後同社の社会貢献部門の推進役となる。特に、アサヒアートフェスティバル、アサヒビール大山崎山荘美術館の立ち上げなど、企業の芸術文化活動(メセナ)を幅広くリード。2002年より、アサヒビール芸術文化財団事務局長。あわせて、社団法人企業メセナ協議会研究部会長として、「ニュー・コンパクト」を取り纏めるなど、積極的に文化政策を提言。企業の立場からNPOの環境整備に取り組み、全国の関係機関とともにアートNPOフォーラム等を立ち上げる。アートNPOリンク理事、芸術資源開発機構理事、日本NPOセンター評議員。2004年から、芸術文化創造都市をめざす横浜市の文化政策推進の旗振り役も務める。埼玉県芸術文化財団理事、文化経済学会理事等。著書に『新訂 アーツ・マネジメント』(共著)、『環境経営戦略事典』(共編著)ほか。2008年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)受賞。
第8回 野田正彰(精神病理学者)終了しました
1944年高知県生まれ。精神病理学者。1969年北海道大学医学部卒業。長浜赤十字病院精神科部長、神戸市外国語大学教授、Wien大学招聘教授、 関西学院大学教授を歴任。専攻は比較文化精神医学。精神病理学の見地から、災害救援や様々な事件を通して人々の精神状態や社会意識について鋭い分析を行う。阪神大震災から見えてきたコミュニティーやボランティアのありかたなど様々な課題についての講演会も行っている。著書に、『コンピュータ新人類の研究』(大宅壮一ノンフィクション賞、文藝春秋) 、『喪の途上にて』(岩波現代文庫、講談社ノンフィクション賞)、『紊乱のロシア』(小学館)、『庭園に死す』(春秋社)、『共感する力』『虜囚の記憶』『現代日本の気分』(みすず書房)、『戦争と罪責』『災害救援』『犯罪と精神医療』『陳真』『させられる教育』(岩波書店)、 『この社会の歪みについて』(ユビキタスタジオ)、『教師は二度、教師になる―君が代処分で喪ったもの』(太郎次郎社エディタス)、『うつに非ず』(講談社)など。近年は、全国の自死遺族の相談、精神科医療による被害・薬害などの相談に当たっている。きのくに子ども村学園理事。
第9回 福原義春(資生堂名誉会長)終了しました
1931年東京都生まれ。資生堂名誉会長。1953年慶応義塾大学卒業、資生堂入社。資生堂の経営者として、海外市場の拡大に尽力。取締役社長、会長を経て2001年より名誉会長に就任。東京都写真美術館館長、企業メセナ協議会会長、日仏経済人クラブ日本側議長、東京芸術文化評議会会長等公職多数。文化支援活動に積極的に取り組み、企業メセナの拡大・普及に多大な貢献をした。イタリア共和国・功績勲章グランデ・ウフィチアーレ章(1998年)、フランス共和国・レジオンドヌール勲章グラン・トフィシエ章(2002年)、旭日重光章(2004年)等を受章。著書に『企業は文化のパトロンとなり得るか』(求龍堂)、『生きることは学ぶこと』(日本文芸社)、『部下がついてくる人』(日本経済新聞社)、『蘭学事始』(集英社)、『ぼくの複線人生』(岩波書店)、『だから人は本を読む』(東洋経済新報社)など。2007年より文字・活字文化推進機構の会長をつとめる。趣味は洋ランの栽培。
第10回 山本寛斎(デザイナー/プロデューサー)終了しました
1971年、ロンドンにおいて日本人として初めてファッション・ショーを開催、世界の舞台に踊り出た。これ以降、デヴィッド・ボウイ、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーらとの交流が始まる。既成概念を突き崩すアヴァンギャルドなデザインは、時代に敏感な若者から圧倒的な支持を獲得した。74年から92年までパリ・ニューヨーク・東京コレクションに参加し、世界的デザイナーとしての地位を築く。93年以降は、ファッションデザイナーの枠を超え、スペクタクルなライブイベントのプロデューサーとして活躍。世界中でKANSAI SUPER SHOWや日本元気プロジェクトを開催し、総動員数は360万人以上にのぼる。2008年G8洞爺湖サミットの会場・社交行事の総合プロデュース、成田新高速鉄道の特急「京成スカイライナー」新型車両の内装・外装のデザイン(2010年度グッドデザイン賞、2011年度ブルーリボン賞受賞)担当など、幅広いジャンルで活躍中。
第11回 菊地成孔(音楽家/文筆家/音楽講師)終了しました
スペシャル「本と音楽」(1) 菊地成孔が語る「10の本と10の音楽」
1963年千葉県生まれ。音楽家として84年に横須賀米軍ベースでデビュー後、リーダーアルバム、スタジオワーク多数。著作デビューは03年「スペインの宇宙食」(小学館)。以後、精神分析学から服飾文化史、音楽理論史など、膨大な知識と妄想を駆使した饒舌な文体で、異形の批評家/エッセイストとして著書多数。対象は音楽、映画、料理、服飾、格闘技に及ぶ。音楽講師としては私塾である「ペンギン音楽大学」をはじめ、02年よりアテネ・フランセ運営の「映画美学校/音楽美学講座」楽理・編曲科主任講師を継続中、04~5年にかけては東京大学教養学部非常勤講師(「ジャズ~20世紀アメリカ史」「マイルス・デイヴィス研究」)として講鞭を執り、以後06~07年に国立音楽大学、07~08年に東京芸術大学、08~09年慶応義塾大学と非常勤講師を歴任後、総ての講義の講義録を出版。音楽理論、特にジャズ・ポピュラー理論の歴史を音楽史と照合する講義を続けている。
第12回 山下洋輔(ジャズピアニスト/作曲家)終了しました
スペシャル「本と音楽」(2) 山下洋輔が語り、奏でる「本と音楽」
1969年、山下洋輔トリオを結成、フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与える。国内外の一流ジャズ・アーティストとはもとより、和太鼓やシンフォニー・オーケストラとの共演など活動の幅を広げる。88年、山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成。国内のみならず世界各国で演奏活動を展開する。2000年に発表した自作協奏曲を佐渡裕の指揮により04年にイタリア・トリノで再演。06年オーネット・コールマンと、07年にはセシル・テイラーと共演。08年「ピアノ協奏曲第3番<エクスプローラー>」を発表。09年、一柳慧作曲「ピアノ協奏曲第4番 "JAZZ"」を世界初演。歴代メンバー総出演の「山下洋輔トリオ結成40周年記念コンサート」を開く。13年、ニューヨーク・トリオ結成25周年アルバム『グランディオーソ』をリリース。15年にはスペシャル・ビッグバンドのCD『新世界より』をリリースする。16年2月、ウィーン楽友協会ホールで佐渡裕指揮のトーンキュンストラー管弦楽団と共演し、大成功を収める。99年芸術選奨文部大臣賞、03年紫綬褒章、12年旭日小綬章を受章。国立音楽大学招聘教授。演奏活動のかたわら、多数の著書を持つエッセイストとしても知られる。
公式ホームページ http://www.jamrice.co.jp/yosuke/
第13回 竹下景子(女優)終了しました
1953年愛知県名古屋市生まれ。俳優。東京女子大学卒業。NHK「中学生群像」出演を経て、1973年NHK銀河テレビ小説『波の塔』で本格デビュー。映画『男はつらいよ』のマドンナ役を3度務め、『学校』では第17回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。2007年舞台『朝焼けのマンハッタン』『海と日傘』で第42回紀伊國屋演劇賞個人賞、2015年に第66回日本放送協会放送文化賞を受賞。テレビ・舞台・映画への出演の他、2005年の日本国際博覧会「愛・地球博」日本館総館長をはじめ、「世界の子どもにワクチンを日本委員会」ワクチン大使、国連WFP協会親善大使、京都国立博物館文化大使、C・C・C富良野自然塾インストラクター、岐阜県恵那市の日本大正村三代目村長など、幅広く活動している。
第14回 日比野克彦(アーティスト)終了しました
1958年岐阜市生まれ。アーティスト。1984年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻修了。大学在学中に、ダンボールを使った作品など、領域横断的、時代を反映した作風で注目される。作品制作のほか、パフォーマンスなど身体を媒体にした表現も用い自己の可能性を追求し続ける。1986年シドニー・ビエンナーレ、1995年ヴェネチア・ビエンナーレに出品。「大地の芸術祭」(新潟十日町/2003年~)、「HIBINO EXPO」(水戸/2005年)、「HIBINO DNA AND」「こよみのよぶね」(岐阜/2006年)、「ホーム→アンド←アウェー方式」(金沢/2007、2008年)、「横浜FUNEプロジェクト」(横浜/2007-2009年)、「MATCH FLAG PROJECT」(2009年~)など様々な地域で参加者と共同制作を行い、社会で芸術が機能する仕組みを創出する。2010年には、個展「ひとはなぜ絵を描くのか」(東京)を開催した。現在、東京芸術大学教授。
第15回 池内了(宇宙物理学者)終了しました
1944年兵庫県生まれ。宇宙物理学者。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。国立天文台、大阪大学理学部、名古屋大学大学院理学研究科教授、早稲田大学国際教養学部教授を経て、総合研究大学院大学名誉教授、名古屋大学名誉教授。著書に『科学者と戦争』(岩波新書)、『ねえ君不思議ではありませんか?』(而立書房)、『科学・技術と現代社会 上、下』(みすず書房)、『宇宙論と神』(集英社新書)、『科学は、どこまで進化しているか』(祥伝社新書)、『娘と話す 原発ってなに?』『娘と話す 宇宙ってなに?』(ともに現代企画室)ほか多数。1993年に『お父さんが話してくれた宇宙の歴史 全4冊』(岩波書店)で産経児童出版文化賞と日本科学読物賞、1997年『科学の考え方・学び方』(岩波ジュニア新書)で講談社科学出版賞、2008年にこれまでの著作に対してパピルス賞(関科学技術振興財団)受賞。
第16回 伊東豊雄(建築家)終了しました
1941年生まれ。1965年東京大学工学部建築学科卒業。主な作品に「せんだいメディアテーク」、「多摩美術大学図書館(八王子)」、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」(岐阜)、「台中国家歌劇院」(台湾)など。日本建築学会賞(作品賞、大賞)、ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダル、プリツカー建築賞など受賞。東日本大震災後、復興活動に精力的に取り組む中で仮設住宅における住民の憩いの場として提案した「みんなの家」は、2016年5月までに15軒完成。2016年の熊本地震に際しては、くまもとアートポリスのコミッショナーとして「みんなの家」のある仮設住宅づくりを進め、各地に計80棟以上が整備された。2011年に私塾「伊東建築塾」を設立。これからのまちや建築のあり方を考える場として様々な活動を行っている。"
第17回 東浩紀(作家/批評家)終了しました
1971年東京都生まれ。批評家、思想家、小説家。専攻は哲学、表象文化論。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。 株式会社ゲンロン代表取締役。批評誌『ゲンロン』編集長。
1993年、「ソルジェニーツィン試論」により『批評空間』からデビュー。『存在論的、郵便的』(新潮社)で1999年度サントリー学芸賞受賞。2010年、処女小説『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)で第23回三島由紀夫賞受賞。ほか著書に『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、『弱いつながり』(幻冬舎)など。2017年4月、新刊『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン)を刊行。
第18回 平良敬一(建築ジャーナリスト)終了しました
1926年沖縄県生まれ。建築ジャーナリスト。東京大学第一工学部建築科卒業後、新日本建築家集団(NAU)事務局に参加。1950年「国際建築」編集部員となり、1953年「新建築」へ移籍。退社後、1959年「建築知識」の創刊に携わる。1960年、編集長として「建築」創刊。1962年に鹿島出版に入社、1965年に編集長として「SD」創刊、1968年「都市住宅」の創刊に関わる。1974年に編集事務所・建築思潮研究所を設立し、1975年「住宅建築」、1996年「造景」を創刊、それぞれ初代編集長をつとめた。1997年、戦後日本の建築ジャーナリズムを牽引した功績から、日本建築学会賞受賞。著書に、『「場所」の復権』(建築資料研究社)、『平良敬一建築論集 機能主義を超えるもの』(風土社)、訳書にバーナード・ルドフスキー『人間のための街路』(鹿島出版会)など。
第19回 大宮エリー(映画監督・脚本家・作家・演出家・CMプランナー)終了しました
1975年大阪生まれ。広告代理店勤務を経て、2006年に独立。映画「海でのはなし。」で映画監督デビュー。連続TVドラマ「Room Of King」「the波乗りレストラン」「木下部長とボク」、舞台「GOD DOCTOR」「SINGER5」(DVDが好評発売中)では脚本・演出を手がける。他、「サラリーマンNEO」(脚本参加)、「エル・ポポラッチがゆく!!」「デカ黒川鈴木」(脚本)、「おじいさん先生」(総合演出)などに携わる。ミュージックビデオ監修に、「ADDRESS」山崎まさよし、「男女6人夏物語」ケツメイシ、「群青」スピッツ、「新世紀のラブソング」ASIAN KUNG-FU GENERATION、「オアシス」ハナレグミなど。主な著書に、「生きるコント」「生きるコント2」(文藝春秋)、絵本「グミとさちこさん」〈絵:荒井良二〉(講談社)。他、CM、作詞、雑誌連載コラム等々。
2011年1月3日~12月26日まで、ニッポン放送「オールナイトニッポン」月曜レギュラーを務めた。
現在、ユーストリームの生配信番組「スナックエリー」(ほぼ毎週水曜22:00~)ではママを務める。ホストなのに自ら酔っぱらい、多彩なゲストといっしょに本音でトークする異色のママとして注目を集めている。「スナックエリー」 http://www.ustream.tv/channel/snack-ellie
第20回 津島佑子(作家)終了しました
1947(昭和22)年、東京生れ。白百合女子大学英文科卒。在学中より「文芸首都」「三田文学」に参加。『草の臥所』(泉鏡花文学賞)、『寵児』(1978年女流文学賞)、『光の領分』(1979年野間文芸新人賞)、『黙市』(1983年川端康成文学賞)、『夜の光に追われて』(1987年読売文学賞)、『風よ、空駆ける風よ』(1995年伊藤整文学賞)、『火の山――山猿記』(1998年谷崎潤一郎賞、野間文芸賞)、『笑いオオカミ』(2001年大佛次郎賞)、『ナラ・レポート』(2005年芸術選奨文部科学大臣賞、紫式部文学賞)、『黄金の夢の歌』(2012年毎日芸術賞)など受賞作多数。1991年10月から翌年6月までパリ大学東洋語学校で日本文学を講義する。海外でも数多くの作品が翻訳されている。
第21回 原広司(建築家)終了しました
1936年川崎生まれ。建築家。59年東京大学工学部建築学科卒業。64年同大学数物系大学院建築学専攻博士課程修了、工学博士。64年東洋大学工学部建築学科助教授。69年東京大学生産技術研究所助教授。82年同教授。97年同大学を退官、同大学名誉教授。70-98年設計活動をアトリエ・ファイ建築研究所と協同。99年原広司+アトリエ・ファイ建築研究所に改名。01年ウルグアイ国立大学Profesor Ad Honorem
第22回 平田オリザ(劇作家/演出家)終了しました
1962年東京都生まれ。劇作家・演出家。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」を結成。こまばアゴラ劇場を拠点に、新しい演出様式による「現代口語演劇理論」を確立する。『東京ノート』(晩聲社)で第39回岸田國士戯曲賞(1995年)、『月の岬』(松田正隆作、平田オリザ演出)で第5回読売演劇大賞最優秀作品賞・優秀演出家賞(1997年)、『上野動物園再々襲撃』で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞(2002年)。日韓国民交流記念事業『その河をこえて、五月』で第2回朝日舞台芸術賞グランプリを受賞(2003年)、2002年著書『芸術立国論』(集英社新書)が第7回AICT演劇評論賞、2006年モンブラン国際文化賞受を受賞。フランスを中心に世界各国で作品が上演・出版されている。2002年以降、中学国語教科書にも採用された平田のワークショップの方法論に基づき、年間30万人以上の子供たちが教室で演劇を創作している。2006年より大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授。2008年、大阪大学にて世界初のロボット演劇『働く私』を発表し世界的な注目を集める。『演劇入門』(講談社現代新書)、『対話のレッスン』(小学館)、『ニッポンには対話がない』(共著・三省堂)、『コミュニケーション力を引き出す』(PHP新書)など著書多数。
第23回 池上高志(複雑系科学/東大教授)終了しました
1961年長野県生まれ。小中高と名古屋で過ごし、1984年東京大学理学部物理学科卒業。1989年同学大学院理学系研究科博士課程修了。現在は東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系教授として教鞭を執る傍ら、複雑系科学研究者として、アートとサイエンスの領域を繋ぐ活動も精力的に行う。音楽家、渋谷慶一郎とのプロジェクト「第三項音楽」や、写真家、新津保建秀とのプロジェクト「MTM」など、その活動は多岐にわたる。
著書:『生命のサンドウィッチ理論』(講談社、2012)、『動きが生命をつくる―生命と意識への構成論的アプローチ』(青土社2007)、共著:『複雑系の進化的シナリオ』(朝倉書店、1998)『ゲーム―駆け引きの世界 (東京大学公開講座)』(東京大学出版会、1999)、共訳書:Andy Clark著『現れる存在』(NTT出版、2012)など。
第24回 朝吹真理子(作家)終了しました
1984年、東京生まれ。慶應義塾大学前期博士課程在籍(近世歌舞伎)。2009年、「流跡」でデビュー。2010年、同作で堀江敏幸氏選考によるドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年「きことわ」で第144回芥川賞受賞。
第25回 隈研吾(建築家)終了しました
1954年神奈川県生まれ。建築家。1979年東京大学大学院建築意匠専攻修了。コロンビア大学客員研究員などを経て、隈研吾建築都市設計事務所を設立。慶應義塾大学教授を経て、2009年より東京大学教授。竹の家など自然素材を生かした建築や、格子を多用した特徴的なデザインで知られる。竹の家など自然素材を生かした建築や、格子を多用した特徴的なデザインで知られる。主な作品に、亀老山展望台、森舞台/登米町伝統芸能伝承館、那珂川町馬頭広重美術館、石の美術館、水/ガラス、歌舞伎座など。2009年、毎日芸術賞「根津美術館」、2011年、芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門)「梼原 木橋ミュージアム」はじめ受賞多数。主な著書に『自然な建築』(岩波新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『新・都市論TOKYO』(集英社新書)、『新・ムラ論TOKYO 』(清野由美との共著・集英社新書)、『つなぐ建築』(岩波書店)などがある。
第26回 三浦雅士(評論家)終了しました
1946年、青森県生まれ。1970年代を「ユリイカ」や「現代思想」編集長として過ごし、1980年代に文芸評論に転じる。1990年代、新書館編集主幹として、月刊「ダンスマガジン」、季刊「大航海」などを創刊、編集にあたる。2013年現在は月刊「ダンスマガジン」顧問。主な著書に『私という現象』(講談社学術文庫)、『メランコリーの水脈』(サントリー学芸賞、講談社文芸文庫)、『身体の零度』(読売文学賞、講談社)、『青春の終焉』(伊藤整文学賞、講談社学術文庫)、『漱石――母に愛されなかった子』(岩波新書)、『出生の秘密』(講談社)、『考える身体』、『人生という作品』(ともにNTT出版)など。新書館からは『バレエ入門』『村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ』『バレエ名作ガイド』『ブラヴォー! パリ・オペラ座エトワールと語るバレエの魅力』などが刊行されている。2012年、『出生の秘密』ほかで芸術院賞、恩賜賞を受賞。同年、芸術院会員。
第27回 畠山重篤(牡蠣養殖家/NPO法人森は海の恋人理事長)終了しました
1943年中国上海生まれ。高校卒業後、家の牡蠣養殖を継ぐ。海の環境を守るには海に注ぐ川、さらにその上流の森を守ることの大切さに気付き、2009年、NPO法人森は海の恋人を設立。1989年より漁民による広葉樹の植林活動「森は海の恋人運動」を行っている。東日本大震災で牡蠣養殖場の施設等全て失うが、震災後の自然環境を活かした地域づくりを進めている。朝日森林文化賞、緑化推進功労者内閣総理大臣表彰、宮沢賢治イーハトーブ賞、国連森林フォーラム(UNFF)「フォレスト・ヒーロズ」、吉川英治文化賞など受賞多数。
著書に『森は海の恋人』(文春文庫)、『リアスの海辺から』(文春文庫)、『漁師さんの森づくり 森は海の恋人』(講談社/産経児童出版文化賞JR賞・第50回小学館児童出版文化賞受賞)、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋/日本エッセイスト・クラブ賞受賞)など多数。
第28回 小林エリカ(作家・マンガ家)終了しました
1978年東京生まれ。漫画家、作家。著書は詩をモチーフにしたコミック『終わりとはじまり』(マガジンハウス)、アンネ・フランクと実父の日記を巡る『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、放射能をめぐる歴史コミック『光の子ども』(リトルモア)など。2014年、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)が第27回三島賞、第151回芥川賞の候補となる。2012年PhewとのProject UNDARKとして楽曲Dieter Moebiusのアルバム『Radium Girls 2011』をリリース。クリエイティブユニットkvinaのメンバーでもある。
第29回 森まゆみ(作家・編集者)終了しました
1954年東京生まれ。作家、編集者。早稲田大学政治経済学部卒業。1984年より地域雑誌「谷中/根津/千駄木」を編集。上野奏楽堂、赤れんがの東京駅の保存、不忍池などの環境保全に関わる。日本ナショナルトラスト理事。現在は「神宮外苑と国立競技場を未来へ手渡す会」共同代表。著書に『鷗外の坂』『東京遺産』『青鞜の冒険』『谷根千地図で時間旅行』など。建築学会文化賞、サントリー地域文化賞、紫式部文芸賞など受賞。
第30回 湯山玲子(著述家、ディレクター)終了しました
出版、広告の分野でクリエイティブ・ディレクター、プランナー、プロデューサーとして活動。同時に評論、エッセイストとしても著作活動を行う。メディア、アート、表現文化ジャンルにおける、幅広いネットワークを生かして、近年は、PR、企業のコンサルティングも多く手がけている。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニブックス)、『ベルばら手帖 マンガの金字塔をオトナ読み』(マガジンハウス)、『文化系女子という生き方「ポスト恋愛時代宣言」!』、『快楽上等! 3.11以降を生きる』 (上野千鶴子と共著、幻冬舎文庫)、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』等がある。自らが寿司を握るユニット「美人寿司」を主宰し世界を回る。(有)ホウ71取締役。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。
第31回 大竹昭子(作家)終了しました
1980年初頭にニューヨークに滞在、文筆活動をはじめる。ジャンルを横断して執筆。書評の仕事も多い。トークと朗読の会〈カタリココ〉を主宰。また東日本大震災直後に詩人や作家がことばをもちより朗読する「ことばのポトラック」を開催、現在も継続中。著書に 『須賀敦子のミラノ』『須賀敦子のヴェネツィア』『須賀敦子のローマ』(河出書房新社)をはじめ、小説作品では『図鑑少年』(小学館)、『随時見学可』(みすず書房)、『ソキョートーキョー(鼠京東京)』(ポプラ社)、写真関係に 『眼の狩人』(ちくま文庫)、『この写真がすごい2008』(朝日出版社)、『彼らが写真を手にした切実さを』(平凡社)、『ニューヨーク980』(赤々舎)、『間取りと妄想』(亜紀書房)など多数。
第32回 高橋悠治(作曲家、ピアニスト)終了しました
1938年東京都生まれ。柴田南雄、小倉朗、ヤニス・クセナキス等に師事。桐朋学園短期大学作曲科を中退、1960年ピアニストとしてデビュー。62年よりベルリンに留学、欧米各地で演奏活動、アメリカでコンピューター音楽を研究する。72年に帰国、74年、一柳慧、柴田南雄、武満徹らと「トランソニック」 を組織、季刊誌を編集(76年まで)。78年「水牛楽団」を結成(85年まで)。現代音楽を中心に様々な分野で活躍。著書に『高橋悠治/コレクション1970年代』『音の静寂 静寂の音』『きっかけの音楽』『カフカノート』等。